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注文住宅 奈良について思うこと

注文住宅なら、建て売りのものと違った要望も出せます。注文住宅の良さは、その他にも色々ありますが、注文住宅をご検討されているのなら、まずはご相談ください。

〈地球経済の特徴の第一は、企業にとって、国境がなくなりつつあることであります〉
〈地球型グローバル企業の増大につれ、モノとカネに国境がなくなり、各国の制度も共通の方向に収散し始めてます〉
〈こうした国境を越えた制度の共通化は、グローバル企業の活動の活発化を一段と促しています〉
これは「金融の自由化、国際化」の別の表現だが、N証券では、〈高度情報武装〉という言葉がしばしばつかわれる。
たとえば、「社友」の「情報化時代のNマン&Nレディ求められる高度情報武装」(同)というタイトルの企画もその一つ。 コンピューターと情報の両部門の合併は、N証券とそのグループの多国籍〈総合金融会社〉への〈高度情報武装〉といえる。
この多国籍〈総合金融会社〉をめざす〈高度情報武装〉の競争は、金融大企業のあいだで際限なくつづいている。 だが、「世はまさに高度情報社会だ」という情報の氾濫に惑わされてはいけない。

コンピューターでどんなに装置化されても、コンピューター自身が、われわれに公平平等にマネーや情報を分配してくれるわけではない。 コンピューター自身は、宇宙の星のように散在し無限に存在する情報を、自分の頭脳で察知し収集するものではない。
たとえコンピューターであっても、まず、人間が無数の情報のなかから必要な情報を選択して収集し、さらにインプット(入力)しなければならない。 また、入力データを都合よく集積し、さらに集積データを好都合に活用できるプログラムを組まなければならない。
つまり、どの情報を選択するのか、選択した情報をどう都合よく集積し活用するのか、そこに何重もの人間の判断や意志が加わる。 神さまが仕組むわけではなく、そこに介在する人間の都合や利害が加わる。
それぞれの情報は、だれがどういう意図と目的を持って選択して収集したのか、また集積したデータをN証券に関する情報は、当然ながら同社自身が最も豊富に持っている。 独占しているというべきだろう。
ジャーナリストにとって、取材とは情報を入手してくるということだ。

私が同社を取材しようとすれば、必要な情報を最も豊富に所有し独占している同社本社を訪ねるのが、当然の手順だった。
また、N証券の側からいえば、自社に蓄祇している情報を、私を含むジャーナリストたちにどう提供するかは、その情報をどう活用するかということである。 私の取材にたいする同社の対応は、情報をどう活用し利用しているかを端的に示すものだった。
N証券本社の表門をたたいたのは、今度の大暴落の一カ月あまり前のことで、K猷作広報室次長と「しがらみ」による報道管制と取材拒否どう活用しようとしているのか、それによって基本的な性格が決まる。 コンピューターの所有者も、無限の情報のなかから、なんらかの必要性を感じたものだけを選択して収集し、それを自らの必要性にしたがって活用するからだ。
とくに、高価な装置で収集した情報ほど、それ相当の利益を所有者にもたらすように活用される。 マネーや資産が一方の極に集中するだけでなく、情報までが占有されるとすれば、情報の操作も容易となる。

情報を自由に操作できれば、株価も自由に操作できるというものだ。 私は、N証券の取材をとおして、N証券による情報収集の手法とそれを活用する手法との両面にわたって、偶然にも直接、その一端を体験させられた。
T節也会長は、財界の中核団体である経団連の経済調査委員長をつとめており、財界の調査・情報部長といったところだろう。 その意味でも、N証券の情報にたいするありょうは、大きな意味を持っている。
折衝することになった。 彼の最初の反応は極めて良好だった。
電話で約束してから訪ねると、「会社概要」などの資料を茶封筒に入れて用意してくれていた。 広報室のロビーに用意された書棚には、同社について書いた近刊書が、同社の「お買い上げ」で積まれていた。
その場で、陳列の単行本一式を無料でもらった。 あとでていねいに読んだが、取材による情報の選択も、取材の機会そのものの選択も、著者自身が決めたのではなく、N証券に「おまかせ」したものだった。
当然の結果として、同社のチョウチン持ちをする著書となっていた。 二度目に広報室を訪ねたときには、会社に協力してもらいたい取材対象などを明記した「取材要請書」を用意していた。
こんな文書を提出すれば、下手をすると広報に「おまかせ」の取材になりかねないが、取材を効率的にし、同社がどういう対応をするかを明確な証拠で残すためだった。 それには、〈企画の概要〉として、取材の姿勢もわかるように、〈全体として日本の金融のあるべき方向はなにか、読者に考える材料〔情報〕を提供する〉。
読者対象は、狭い専門家ではなく、素人の国民大衆におく。

〈取材にあたっても素人に徹する〉と、書いた。
また、実際のN証券の取材については、〈取材対象〉として経営首脳や職員部長(人事部長相当)のインタビューのほか、〈花形職場のディーリングルーム〉などをあげ、具体的に協力を要請した。 経営首脳のインタビューについては、質問要項もつけた。
さらに、新たに項目を設けて、と、取材と執筆にあたって、情報を取捨選択する責任がすべて私にあることを明記した。 だが、K次長は、なによりもこの点にこだわった。
また、どういう出版社から出版するのかという点にこだわった。 要請書を提出した段階では、取材が実際に軌道に乗るかどうか、まだ確定できない状態だったから、〈出版社未定・交渉中〉と記していた。
「会社方では、ははじめてです」
私とK次長とのあいだでは、つぎのようなやりとりになった。 会社の方では、普通は出版社の方からお話があってから、はじめて話がすすむんです。
「会社と会社のあいだで話がすすむというのがおかしいんです。 出版社がどこであろうと、ライターは自分の責任で取材し執筆するのが本筋です」
「本のタイトルだって、どうせ出版社が決めてしまうじゃないですか」
「私の場合には、そんなことは一度もない。 むろん、編集者といっしょに議論はするが、既刊の著書もすべて、最終的には自分の責任で決めています」
K次長の話のはしぱしには、著者は出版社の雇われ者にすぎないという考え方がちらついていた。

押し問答で明らかになったのも、N証券と関係のマスコミ企業という企業間での取引が最優先で決定されるということだった。
情報の提供なども、また企業間取引のうちといわんばかりだった。 企業間取引が成立するのは、互いの企業の企業利益となる情報だけといってよい。
つまり、N証券の利益となる情報だけを公開し、マスコミ企業はN証券を持ち上げることを前提にして著者も選定するということになる。 こうしてN証券の利益にそって選定された著者の取材には、N証券も全面的に協力するという関係がつくられていた。

企業によって一方的に選定された著者以外の取材は、まかりならぬというわけだ。 このような企業側の一方的な取材規制が仕組まれている結果、書店の書棚を飾る著書も企業のチョウチン持ちがほとんどということになっている。
この種のチョウチン持ちの著書は、N証券の「買い」を見て「チョウチン買い」に出るのとも似ている。


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